~犯罪にならない場合~
犯罪とは,構成要件に該当する違法かつ有責な行為のことです。従って,その行為が法律の定める構成要件に該当するものであったとしても,違法でないとされたり,または責任がないとされた場合は,犯罪にはなりません。
~違法性阻却事由~
法律の定める違法性阻却事由は,①正当行為,②正当防衛,③緊急避難,です。
~正当行為~
法令又は正当な業務による行為は、罰しないとされています(刑法35条)。このような行為は,社会的に見て違法なものとは言えないからです。
法令に基づく行為としては,消防士が消火・救出活動のために建造物などを破壊する行為があります。この行為は建造物損壊罪の構成要件に該当しますが、消火・救出活動のための法令に基づく正当な行為と言えるからです。
業務による行為としては,ボクサーなどの格闘技選手が試合でルールの範囲内で相手を殴るというものがあります。相手を殴れば暴行罪の構成要件に該当し,それによって相手が怪我をすれば傷害罪の構成要件に該当しますが,これらはスポーツ選手として正当な範囲内で行っている行為と言えるからです。
~正当防衛~
急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しないされています(刑法36条1項)。
- 急迫不正の侵害
急迫とは,法益の侵害が現に存在するか,又は切迫していることをいいます。
従って,過去の法益侵害や将来の法益侵害に対しては正当防衛は成立しません。
不正とは,違法であることを言います。
責任無能力者の行為や故意のない行為も違法な行為なので,これに対する反撃も正当防衛になります。一方,緊急避難行為は違法ではないので,これに反撃することは正当防衛にはなりません。別途緊急避難になるかどうかの問題になります。 - 防衛の意思
正当防衛は,防衛するためという意思で行われなければ成立しません。
防衛の意思は,急迫不正の侵害を認識しつつ,これを避けようとする単純な心理状態をいうものとされています。従って,相手からの攻撃に憤激したり逆上したりして反撃行為を加えても,相手の攻撃を防ごうという意思があれば,防衛の意思は存在すると認められます。一方で,積極的に相手を射殺するつもりで射殺したら,その相手がたまたまこちらを射殺しようとするところだった,というような場合は,防衛の意思は認められません。 - 防衛行為の相当性
防衛行為は,やむを得ない程度の行為であることが必要です。
やむを得ない,とは,反撃行為が侵害行為の強さに応じた相当なものであることをいうものであり,反撃行為から生じた結果が相当であることまでは必要ありません。例えば,女性が強制わいせつ犯人に襲いかかられて相手の胸部を一回突き押したところ,相手が転倒して頭を打って死亡したというような場合でも,相手の胸部を一回突き押すことは襲い掛かられた行為に対する反撃としては相当なので,正当防衛が成立します。
~緊急避難~
自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しないとされています(刑法37条1項)。
- 現在の危難
現在とは,法益の侵害の危険が直接切迫していることです。正当防衛の場合と同じく,過去の危難や将来の危難に対しては緊急避難は成立しません。
危難とは,法益を侵害させる結果を生じるような危険な状態です。正当防衛と異なり,違法なものでなくても危難に当たります。従って,他人の正当防衛行為に対して反撃することは,緊急避難として違法性が阻却されます。 - 避難の意思
正当防衛と同様に,緊急避難でも避難の意思が必要になります。 - やむを得ずにした行為
やむを得ず,という言葉は正当防衛と同じですが、緊急避難の場合には,他に採るべき方法が存在しなかった場合でなければなりません。 - 法益均衡
緊急避難の場合には、正当防衛と異なり,避難行為によって生じた害が避けようとした害の程度を超えないものでなければなりません。
~責任能力~
刑罰は,自分の行為が違法であることを理解し,その理解に従って自分を制御できるのに、敢えて違法な行為をしたことに対する非難として科せられるものです。
責任能力とは、このような、自分の行為が違法であることを理解し、かつ、理解に従って自分を制御できる能力を言います。このような能力を欠く者、即ち、自分の行為が違法であることを理解できず(事理弁識能力の欠如)、或いは、理解に従って自分を制御できない(行動制御能力の欠落)者の行為は、敢えて違法な行為をしたという非難の対象にはならないので、刑罰の制裁をもって臨むことは許されません。
~心神喪失・心神耗弱~
責任能力のない場合の類型として、心神喪失及び心神耗弱が定められています。
- 心神喪失
精神の障害により事理弁識能力又は行動制御能力が全く欠けている場合です。心神喪失者の行為は罰せられません(刑法39条1項)。 - 心神耗弱
精神の障害により事理弁識能力又は行動制御能力が著しく欠けている場合です。心神耗弱者の行為は,その刑を減刑すると定められています(刑法39条2項)。
~責任能力の有無の判断~
責任能力の有無は、精神の障害という生物学的要件と、事理弁識能力・行動制御能力が欠落しているという心理学的要件の双方を考慮して判断されます。
精神に障害があれば当然に責任能力を欠くというわけではありません。精神の障害に影響され、実際の犯罪行為の時に、事理弁識能力・行動制御能力を失われていたことが必要となります。影響されていたかどうかは,病歴,犯行の動機や態様,犯行時の病状,犯行前の生活状況,犯行前後の行動,などを総合的に考慮して,判断されます。
こうした精神の障害により事理弁識能力・行動制御能力を失われていたと認められることは多くはありません。
~泥酔した場合は責任を負わないか
酔ってやってしまった弁解はよくありますが,これで責任能力がないとされることはほとんどありません。心神喪失又は心神耗弱は、上に見たとおり、事理弁識能力又は行動制御能力を全く欠くか著しく欠く状態を言いますが、アルコール血中濃度が通常程度の単純酩酊では、そのような状態に至るとは考え難く、著しい興奮が生じる複雑酩酊,幻覚が生じる病的酩酊の程度に達するに至らなければ認められない場合が多いでしょう。
~原因において自由な行為~
泥酔して責任能力がない状態だったと認められたとしても,自らそうした状態を招いて犯罪を行った場合には、犯罪結果を起こした結果行為のときに責任能力に問題があっても、完全な刑事責任が問われます。これを原因において自由な行為と呼びます。
例えば、酒を飲んで酔ったら暴れるかもしれないとわかっていながら泥酔して責任能力がない状態に陥り、その結果、暴れて人に傷害を負わせた場合、傷害を負わせたときに責任能力が欠如したとしても罪に問われることになります。
~処罰されない場合~
構成要件に該当し,違法かつ有責な行為であり,犯罪として成立するとしても,なお処罰されない場合があります。
- 財産犯
親族間で窃盗が行われても,その親族の関係が配偶者・直系血族・同居の親族の場合には、犯罪は成立しますが刑が免除されます(刑法244条1項)。 - 犯人隠匿罪・証拠隠滅罪
犯人・逃走者の親族が犯人隠匿罪・証拠隠滅罪を犯した場合に、刑罰が免除されることがあります(刑法105条) - 盗品等関与罪
財産犯人の親族が盗品等関与罪を行った場合には、刑罰が免除されます(刑法257条)。